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「課題」を!
2012 / 04 / 13 ( Fri ) 今年度の大きな取り組みとして、一つはクラス授業を開講したこと。もう一つは「課題」を出すこと。
授業後にはもちろん「宿題」が出ますが、「宿題」には大きく2つの意味があります。一つは、生徒がその日に学んだことをきちんとできているかどうか家でもう一度してみるというものです。おさらいの意味ですね。もう一つは、生徒側ではなく講師側のものですが、「本当にできるようになっているか」の理解度チェックの意味を持っています。 本当は「宿題」は自主学習の一環なので、自分で丸つけをしてやり直しをするといった内容にしたいのですが、2つ目の講師側の都合上、なかなか解答解説を生徒に渡すことができません。前回の学習内容の理解度をきちんと把握することなく、次の単元に進むことはできないからです。 しかし、やはり勉強は、問題を解いたときにすぐにできているかどうか確認すべきでしょうし、そういう自主学習の方法も学んでいかなくてはいけません。そこで、「宿題」でそれを行うことが難しいので「課題」というものを出すことにしました。 「課題」は、授業で扱っているテキストやノートとは別のものを用意し、テキストの解答解説も生徒に配布します。既習の単元をお家でどんどん解いていって、自分で丸つけ、やり直しをするものになっています。分からないところがあった場合、授業中に質問してもらうのは全く構いませんが、基本的には授業では扱いません。実際にしたノートだけを私のところに持ってくるだけといったものではあります。 ただ、そのノートを見て、その科目だけではなく自主学習そのものの指導もしたいと思っています。なかなか全員のノートを確認するのは大変だと思われますが、それだけの価値はあるに違いないと思い、思い切ってさせてもらいました。必ず結果に結びつくものだと確信していますので、みんなと一緒にがんばろうかと(笑) 個別教室 遊成塾 塾長 N.T. |
クラス授業が本格的にスタート
2012 / 04 / 12 ( Thu ) 今年度より新しい取り組み「"塾長"によるクラス講座」を2つ開講しました。中学生全体(新中1〜中3)を対象とした「中学国語読解クラス」と新中1を対象とした「中1英語クラス」です。ともに2回の体験授業を無事(?)終えました。たくさんのご参加本当に感謝しています。
「中学国語読解クラス」では、本当の考える力を養うということをメインテーマとして、1冊の本『銀の匙』(中勘介著)を中心に学習をすすめていきます。『銀の匙』は1912年(丁度100年前)に発表された作品で、時代の近いものとしては夏目漱石の『坊ちゃん』があります。文体は異なりますが、雰囲気としてはそのような時代に生まれた名作です。決して読みやすいものではありません。 第1回(3/30開講)では(一)を読み、その内容に対しての問題に取り組みました。文中に出てくる擬態語「ふっくら」や慣用句「胸を躍らせる」などから話を拡げてゆきました。また、話に出てくる椿の実を実際に見てもらったりしました。いずれの問題も正しい答えといったものは存在せず、「知っている=解ける」ではなく「考えたり調べたりして自分なりの答えを作る」ということを大切にして取り組みました。 第2回(4/7開講)では、(二)に進みたい気持ちを ぐっ と抑えて、漢字テスト、宿題の確認と、要約の練習をしました。要約力は、簡単に言えば筆者のイイタイコトをどれだけ正確に読み取れるかという能力です。要約は国語の学習においては最も重きを置くべきところで、今後さまざまな題材を用いて練習していこうと考えています。今回は一文、二文の要約でしたが、少しずつハードルを上げていき、最終的には(一)を200字要約してもらおうと思っています。 ところで、漢字テストは(一)に出てくる漢字全部がテスト範囲という、ページは少ないにしても常用漢字外を含んだ難しいものでした。読み5問、書き5問の全10問でしたが、満点はいなかったものの9点、8点、7点と善戦してくれました。書きで「ベッコウ」なんてのも出したのですが、皆様書けそうですか?相当難しいです(笑) 次回は「中1英語クラス」の簡単な内容を紹介したいと思います。 個別教室 遊成塾 塾長 N.T. |
大学生数学基本調査
2012 / 02 / 28 ( Tue ) 先日、日本数学会が発表した「大学生数学基本調査」に基づく数学教育への提言について。
これは2011年に全国の大学生約6,000人を対象に行ったようで、大学生が数学的素養と論理力をどの程度身に付けているのかを調査したものです。 問題は5問と少なく、内容も難しいものではないのですが受験としてしか勉強をしていない学生にとっては難しいと感じるものだったようです。大学生の学力が低下しているといった結果になっているのですが、それは大学受験の指導をしている身としては火を見るより明らかなので驚くこともありません。受験対策をしていただけではお目にかからない問題となっているので、ある意味きちんと作ってあると感じます。しかし、2−2の問題があまりよろしくない。というか個人的には嫌いなものです。 2−2 2次関数y=-x^2+6x-8のグラフは、どのような放物線でしょうか。重要な特徴を、文章で3つ答えてください。 問題を見てひっかかるのは「重要な」です。FAQの中に、これに対する日本数学会の回答があるのですが、どのような理由があるにせよ、日本「数学」会がこのような主観的な言葉を用いないで欲しいですね。 少なくとも私は、この問題に対して何の疑問も抱かず模範解答を書く子どもではなく、「重要な」という言葉にひっかかりそれについての可笑しさを論理的に表現できる子どもであって欲しいと、日々指導を心がけています。 私が普段から言うことです。 「自分の考えは自分で作ること。何が大切で何が大切でないのかは自分で選べばそれでいい。ただ、先生の考えとしてはこれはこのようなものだと思う。」 狭義での「学び」とは、先人が発見し体系化したもの(つまりは知識)を得ることですが、今の日本の教育で大きな問題になっているのはこの学びではないでしょう。この先にある「どのようにして知識を使うのか」です。 個別教室 遊成塾 塾長 N.T. |
苦手?
2012 / 02 / 06 ( Mon ) 子どもたちと色々な会話をします。
授業の90分間、単に算数や国語、英語や数学の勉強だけでは面白くないですよね。 っていうか、得るものがそれほどないですよね。 もちろん、各科目の学習も大切ですが、それは学びの根幹にあるものではないと思います。 それよりも、もっと礎となるものがあるでしょう。 それは、科目の決まった勉強で得るものではない、もっと別のものかなと。 例えば、子どもたちはよく「算数(英語)は苦手やから」みたいなことを言います。 「苦手」だから「できない」という理屈なのでしょうけど、これは聞き流せません。 すぐさま、次のように聞き返します。 「えっ、それはつまり、得意な子と同じぐらい練習したけどできないって意味?」 と、もちろん、そんなことはありません。できない理由はただ「やっていない」だけなのですから。 運動をしている子には次のような説明もします。 例えばサッカーを習っている子には 僕:「○○くんはサッカーの練習をしているからそれなりに上手やんか。でも野球はあんまりやったことないからできへんやん。」 と、もちろん「うん」と答えます。 僕:「それって「野球苦手やねん」って言うんかな?」 子どもは即答で「それは言わへんな」と答えます。 僕:「そらそうやね。練習してないねんから、できないのは当たり前やんね。」 「じゃあ、逆にさ、練習してないけどサッカー上手な友達っておるん?」 子ども:「いやー、そんなやつおらへんやろ!」 いるわけありませんよね(笑 こんな話をすると子どもは気が付きます。 僕:「さっき、算数(英語)が苦手って言ってたけど、それって苦手やからできへんの?」 子ども:「いや、やってないから・・・」 僕:「そうやんね。できるようになりたいんやったら、練習しよう!」 めっちゃ当たり前のことです。でも、ほとんどの子どもたちがこんなことを知りません。 「苦手」と思ったら「やらなく」なります。そして、結果として「できない」ということになります。 これってもったいないですよね。やれば誰だってできるのに! 個別教室 遊成塾 塾長 N.T. |
ご無沙汰しております!
2012 / 02 / 06 ( Mon ) 忙しさのあまりなかなかブログにまで手を出せていませんが
また、再開したいと思います。 どうぞ、今年もよろしくお願いします! |


