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教育とは
2011 / 05 / 10 ( Tue )
「教育」の定義はとても難しいものだと思います。しかし、もし子どもが「教育」というものを受けたならば、その子どもはその教育者を超えていかなければならないというものだと思います。つまり、もし超えられないならば、その子に施したものは「教育」ではないというわけです。それはそうでしょう、「教育者自身を超えていけない状態に子どもを育てる」という日本語はおかしいですよね。これは子どもを育てているどころか潰しているとしか考えられません。このように考えると巷の教育の良し悪しを判断しやすいと思います。

では、具体的にはどのようなものが「教育」なのでしょうか。

「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ。」
という言葉がありますが、これが教育のあるべき姿をうまく言い得ていると思います。食べ物がなくて困っている子どもに魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えましょうということ、つまり、釣るために必要な指導はしてもいいけど、行動するのは子どもということです。

子どもが仕掛けを作って、それを海に放りこみ、自分で魚を釣るのです。失敗ももちろんしなければいけません。それは成長するために必要不可欠な経験です。極めて当たり前のことです。

しかし、多くの教育機関が子どもに何もさせないで横で釣ってあげて魚を食べさせる。もちろん子どもは大喜びです。釣った先生も鼻高々です。しかし、子どもはいつまでも魚を釣れるようにはなりません。それどころか、ずっと魚を釣ってもらって大きくなった子どもに「自分で釣ろうね」って言うと
「前の先生は釣ってくれたのに!」
と返してくる始末です。

釣りの話だと分かりやすいですが、これと同じことが教育の場で普通に起こっています。先生が黒板で問題を解いて「どうだ、すごいだろう!」、子どもはそれを見て「おぉ~、すげえ。愉しい!」みたいな。

「教育」とは、子どもが一生懸命していることを見守り、必要ならば相談に乗るぐらいが丁度だと思います。「教える」ではなく「導く」と表現した方が分かりやすいのかもしれません。あとは子どもが思う存分興味のある物事に取り組む環境を作り、邪魔をしないこと。そうすれば、子どもは驚くほど成長し、教育者を超えていくことでしょう。

(遊成新聞vol.1一部抜粋)

個別教室 遊成塾
塾長 N.T.
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